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ひとしずく

熱が出た。

仕事行く前はほんのちょっとしんどいだけって思ったのに、仕事が終わったら、一気に疲れが出て気を失うように眠った。

起きなきゃ、起きて、言葉にしたい。心をかたちにしたい。

そう思って、熱が出ながら、作詞みたいなことをした。

音楽は聴こえてこないけど、でも、確かに、そう思ったことを自分の外に出したいって思った。

それから、しんどさが増して、関節が痛くなって、体がだるくなって、うぅって思って、でも、このままじゃいけないから、薬を飲んで、徐々に回復して、関係ないかもだけど、関節に効く薬を塗って、じっとしてた。

そうこうするうちに、何してんだ、自分。こんなこと、みんなにも起こってんのに、何、寝てんだ?情けないなあって叱咤激励するもう一人の自分が出てきた。

やがて、その声に同調し、そうだよな。

何してんだ。

これくらいの痛みで。しんどさで。

これくらい普通だっつーのってなって、ご飯を食べようと思った。

血の中にあるばい菌を外に出してやろうと、ご飯をバクバク食べた。

それで、体が熱くなって、思考がどんどん過去に遡って、お母さんのことを考えてた。

そういえば、母の日だったな、昨日。

思い出してあげないといなくなる。だから、ちゃんと思い出したことをここに書きたい。

小学生の頃は、わがままで、人のせいにして、自分は悪くないって意地張ってた。

でも、そんな自分では、周りも迷惑するし、どんどんみんなと離れていくようになった。

でも、ある時、このままではいけないって思って、逆のことをし始めた。

人に優しくしたり、自分のできることで人を喜ばそうって思うようになっていった。

それから、どんどん前向きになって、どんどんやる気になって、どんどん進めるようになった。

中学生になり、得体の知れない同級生たちと仲良くなることができなくて、人に失礼なことを言ったり、バカにしたり、自分が禁止していることをどんどんやっていくクラスメイトがいて、憎んだ。

マジで?どうなってんの?なんでこんなこと言われなきゃいけないの?

そのうち、言葉にするのもめんどくさくなって、言わなくなっていった。

でも、自分の言葉を真剣に受け止めてくれる母親の存在がいて、マジメで、一途で、真剣だったことを今日、映像としてちゃんと思い出した。

一人で良いからそういう人いたら、本気出せるって思った。

その後、母親は亡くなったけど、ちゃんと気持ちだけは受け継いでいて、一生懸命頑張れた時間はかけがえのないものになった。

それから、数年後、だんだんと世界が広がっていった。

あれをしちゃダメ、これをしちゃダメって言う人が嫌いで、でも、おそらく、伝えたい思いがあってのことだろうとだんだんとその思いに浸食されていった。

でも、一つ、自分の中に弱さがあって、誰かを亡くすとそれがまるで自分のせいのように思えて仕方がない。

だから、人に対して、思い切り、臆病になる。

これを言ったら?あれをやったら?どんどん自分が小さくなる。

でも、誰かに助けを求めたら、その人が傷つく。もしそうなら、もう自分が全部背負えば良い。

もっと大変だったんでしょ?もっとみんな苦しんできたんでしょ?

同じになんかなれないけど、せめて、弱い人の味方でありたいって思ってた。

だから、人を攻撃する人の気持ちがあまり分からない。

うまくいかないことが普通で、やり遂げられないことが当たり前、誰かのせいにして、自分は悪くないって何回、他人を傷つければ良いんだ?

そんな風に考えていると、どうも、俺様気質の人が集まってくる。

俺が偉いんだ、だから、従えって。

でも、最近、思う。

逆なんじゃないか?

本当は弱いから、虚勢を張って、誰かを従えようとする。

従おうとする人は、嫌われたくないだとか、なくしたくない思いがあって、従順になる。

気付けば、従っている人たちの方が、強くて、従わせようとする人たちの方が弱くなっていく。

そして、立場が逆転すれば、あたふたする。

奴隷だと見下していた人がいつの間にか自分を越えている。

だから、余計にこわくて、また虚勢を張ろうとする。

同じ人間なのに。

そうこうするうちに別れの時間になっていく。

大切なのは、対等であること。相手も人間であること。できないこともある。しんどいことも苦しいこともある。

その中で、お互いが分かち合えるようになれば良いなって思う。

偉いも偉くないもない。

ただあるのは、そこに人がいて、いっしょに協力しながら生きていくってこと。

自分の言葉に真剣になってくれる人のことをバカにしたり、ないがしろにしたりすると、それがそのまま自分に返ってくる。

本気でやろうとしている人のこと、バカにすんなって思う。

目の前の現実から一歩進んで、どこまで真剣に自分がなれるのか。

どれだけ相手に対して、自分の言葉が重いか知っていた方が良い。

いなくなってからでは遅いから。

だから、人に対して優しくなりたいって思うんだよな。

だって、どうせなら、良い時間過ごせた方が良い。でも、そのためには、それだけの負荷がいる。

それに耐えられる自分がいないと、やっぱり、それ以上の幸せなんか来ない。

知らなきゃいけないことは、どうやら、誰かの気持ちを知ることであり、誰かの思いを汲み取ることなんだと思う。

さっさと目覚めてしまえ。気付かなきゃいけないことはすぐそばにあるんだから。

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